2009年 10月25日(日) 遠藤(弟)の部屋

 昨夜は兄とアミーゴへ。心ゆくまで3Cを撞き倒す。7〜8ゲーム撞いてアガり無し。最高でツーモア。数字的には相変わらずぼんくらプレイヤーだが、それでいいのだ。25キュー撞いてスコンクでさえなければ、それでいい。最近になってようやくそう思えるようになった。
 別に向上心や闘争心を失ったわけではないが、自分の上達の速度が、自分の理想よりもはるかに遅いことに気付いた(思い知らされたとも言う)結果である。スロウフードならぬスロウビリヤード。これが僕の今の立ち位置である。

 そもそもスリークッションは、わずか1点を当てるのがとても難しい種目である。考えてみればそんなの当たり前の話で、フリーゲームやボークラインで、初球千点撞き切りとか馬鹿みたいな記録を出す連中が出て来たために「もっと難しく」と考案されたのが3Cなのだ。それを、バラ球もろくに当てられない、セリーでワンポイント進むこともおぼつかない僕や兄のような普通のプレイヤーが思うように得点できる筈がない。島田暁夫プロが言うように「3Cは全てのショットにおいてファインプレーが要求されるゲーム」なのである。今でこそ世界のトップは2アベの領域に突入しているが、ほんのひと昔ふた昔前は、世界選手権覇者でさえ1アベちょいだ。
それを思えば、たかだか20点前後のプレイヤーが、25キューで2〜3点しか当たらなかった程度で必要以上に落ち込んだりイラついたりするなど愚の骨頂。
思い上がりもはなはだしい。試合を控えての猛練習の時期ならばいざ知らず、普段アマチュアとして撞く時は「何点当てたか」にこだわるのではなく、「どれだけ球撞きを楽しめたか」にこだわりたいものである。

 実はここらへんの僕の意見、大部分は夏坂健の著作の受け売りである。夏坂健(1935-2000)は、ゴルフ・エッセイスト。ゴルフに関するその著作の含蓄の深さ、ゴルフ愛の深さは誰も比肩し得ない(と僕は信じている)。ゴルフをやる人間で、彼の著作を読んでいない者がいたとしたら、その人は今すぐ正座して熟読すべきであろう。僕はゴルフを全くやったことがなく、これからやる気も(主に経済的な理由で)ないが、偶然彼の著作に出会って以来、すっかり「読むゴルフ」(これも夏坂健の言葉である)のとりこになった。
「スコアの亡者になるなかれ」とは、彼が著書の中で繰り返し述べている言葉だが、3Cでも全く同じである。何点当てたかということだけにこだわっていては、袋の底が破れるまで神様から金貨をもらおうとした昔話の人物のごとく、結局何点当てようとも満足できないのである。水を飲めば飲むほど喉の渇きに苦しむ地獄草紙の餓鬼共のように、5点当てようが10点当てようが、次の1点を外した時点でそれまでの全てを帳消しにして落胆していて球撞きが楽しい筈がない。もちろん、勝負の世界に生きるプロは別だし、アマチュアであっても、試合のさなかであったり、試合前の一時期であれば、そういう苦しみはむしろ必要であろう。苦行なくして得られる勝利などないし、あったとしてもそんなものは遠藤(弟)の貯金通帳よりも価値のないゴミである。

 しかしだ。試合を控えているわけでもなく、単に球屋の常連として遊びに来ている一介のアマチュアとしては(つまり僕のことだが)、自分の向上心に尻をひっぱたかれることなく、ただただ気持ちよく球撞きを愉しみたいのである。スコアはさんざんであっても、たったワンショットでいい。その1点を当てただけで、幸せな気分で帰宅出来るショットが撞ければそれでいいのである。したがって当然、僕のプレーはセオリーから外れるショットが多い。「どう撞いたら当てやすいか」ではなく「どう当てたら周りが面白がってくれるか」を常に追い求めて撞くのだから当たり前である。この撞き方は、球に対してきわめて真剣に取り組んでいる状態の人、求道的な人には不快感を与えやすい。僕が基本的に兄と一緒でなければ球屋へ行かない理由の一つがここにある。兄ならば、まあ多少のはしゃぎ騒ぎは大目にみてくれるだろう、というわけである(笑)。