2009年 2月16日(月) 遠藤(弟)の部屋

 6日の金曜日の朝の体温が37度5分。道理でだるいわけである。とは言え、この程度で仕事を休むなどあり得ないし、大抵の場合、一日体を動かせば平熱に戻っていたわけで、えいやと出勤しどうにかこうにか仕事を終えて帰宅してみると、相変わらず37度5分。市販の風邪薬を服用し、さっさと寝る。ぐっすりと眠った筈が、深夜2時頃、かなりキツい頭痛で目が覚める。体温は39度ジャスト。正直驚いた。この20年以上、こんな体温は経験した事がない。とにかく時おり走る悪寒と、激しい頭痛に悶えながら再び眠り、朝になってみると37度7分まで降下。僕の基準では、仕事に行くレベルだが、いささか頭が痛いので無理を言って欠勤。病院へ行ったところ、鼻の穴にこれでもかというほど綿棒を突っ込まれた挙句に「インフルエンザ陽性ですな」とのこと。おやおやだ。流感など全く無縁に生きてきたのに、インフルエンザとはね。とりあえず、あのタミフルを処方してもらった。その薬効よりも、異常行動で名を馳せた、あのタミフルである。処方の際も、薬局で受け取る時にも、さんざん注意された。「未成年の方が服用すると、インフルエンザ脳症と判別しかねる行動が云々」との注意書きも。「できるだけお1人で服用しないで下さい」とも言われたが、独り暮らしの僕にそれは無理だっつーの。

 ともあれ、この時点で体温は36度7分。もう大丈夫だろうとたかをくくっていたが、タミフルを服用後、ベッドに入ったらまたも発熱。38度後半の熱がほぼ終日続き、頭痛にも悩まされた。土曜の夜遅くまで熱が引かず、ものの見事に寝たきりの週末となった。

 明けて日曜日。37度8分。頭痛は去ったが、喉の痛みと咳、全身の倦怠感は取れず。まあ、倦怠感は風邪を引こうが引くまいがあるけどね。取材予定の入っていた『東京オープン』は、申し訳ないが欠席。体温計を脇に挟みつつ、テレビを観たり横になったりとだらだら過ごす。ちなみにタミフルの服用は1日2回。食後30分である。

 東京オープン会場の淳子さんより、速報メールがちょこちょこと入電。長野の片岡プロがベスト8入りとのこと。不思議なもので、僕が個人的に応援しているプレイヤーは、僕がいないと好成績を残すことが多い。藤原プロもそうである。

 夜になってほぼ平熱に。喉の不調は相変わらずだが、とにかくタミフルが効いたのは間違いなさそうである。せっかくだから寝床では小松左京の『復活の日』を読了。「たかがインフルエンザ」で世界が滅亡する話。何度読んでも知的興奮をかき立てられる名作である。

 さて、タミフルには後日談あり。熱も下がり、いい加減もう大丈夫だろうという辺りで、念のためタミフル服用後、平塚のアミーゴへ。撞いてみたらまあ、当たること当たること。人生初の10点ハイラン(このキャリアと持点で人生初は恥ずかしい限りだが)を達成!しかもアガり。でもって次のゲーム、19キューまで6点しか当たらず、まあこんなものと思っていたら、残り6キューで14点を取り切って再びアガり。「タミフルは球に効く」というのが、今アミーゴにおける通説である。てゆーか、ハイラン10点がまさに「異常行動」と言えるだろう。