「こらああっ。正月はとっくに過ぎてんだぞう。いつまで日記サボってんだああっ」といった内容(一部脚色)のメールが携帯に届く。発信者は、あえて名を秘すが竹島淳子女史である。そんなわけで、あわてて日記に着手する。
まあ、年末年始にかけては、多忙とそれに起因する鬱を発症し、原稿から何から全てが手につかなくなるのは毎年のことだが、今年はとりわけ鬱がひどかった。年末の時点で、編集部から3本の原稿依頼があったのだが、正直今回は本当に落とすだろうと思っていた位である。よくまあ締切りに間に合ったものだ。
元日、へろへろになって帰宅。2日3日も同様。自分宛に届いた年賀状を郵便受けから出して読んだのが、ようやく1月6日という有様。不義理もここまで来ればいっそすがすがしいと言うべきか。ここにきてやっと寒中見舞いを作成開始である。厳密には、もはや寒中見舞いの時期すら逸しているのだが、そこは大人の対応で。
ちょっと年末年始を振り返る。
12月22日に、恒例の忘年会を僕の部屋で開催。本来なら、アダムカップの取材に行かなければならないのだが、この日は出勤。アダムカップのお楽しみ抽選は、結構当たるので、ぜひとも取材に行きたかったのだが、仕事ではね。でもって、夜は忘年会。藤原プロはもちろん、遠藤兄弟の友人ら10名が、本厚木の通称「姉歯マンション」の401号室に集結。オチるまで飲む会を決行する。上場企業の中堅社員、金融業のベテラン社員、ビリヤードのプロ、元・公務員、主婦、OLといった、何だかまとまりのない顔ぶれだが、「藤原貴志応援団」というのが共通項。12月生まれの誕生会と、クリスマスパーティーと、忘年会を一緒くたにしてひたすら飲む。ビールとチューハイだけでも、大型のゴミ袋2つにぱんぱんの空缶が出現。年始の鬱がたたって、まだ資源ゴミに出しておらず、今も部屋の片隅にでーんと鎮座している。
忘年会の前の週あたりに、アミーゴの若尾プロからメール。何と常連会は遠藤(弟)の優勝とのこと。驚きである。16名の総当たりで、2ゲームずつ行う形式で、約2ヶ月かけて消化したわけだが、まあよくやったものである。てゆーか、ACSSは凄い。このシャフトにしてから、表回しや箱球が自信をもって撞けるようになった。相変わらず裏回しは下手糞だが。
ちなみにアベレージは0.489。やはりどーしても5割が出せない。20点選手としては、明らかに出来の悪い部類に入る数字である。本来ならば、優勝したのだから持点を上げてしかるべしなのだが、若尾プロの裁定により、今しばらく20点選手として修行せよというわけで、年が明けても20点である。初アガりもまだ無い。
疲労と鬱で、例年のごとく何の感動もなく新年を迎える。こういう精神状態の時は、正月番組のめでたい雰囲気が非常にムカつく。よって観るのはスポーツ中継のみ。箱根駅伝、高校サッカーといったところか。そう言えば、ハンドボールの「中東の笛」には呆れた。我が母校、神奈川県立座間高校は、公立のくせにちょっと変わった学校で、3年間を通じて柔道とハンドボールが、体育の必須科目だった。毎年、球技大会と柔道大会が開催され、球技大会で最も白熱するのがハンドボールという、不思議な学校である。運動嫌いの僕も、当然ハンドボールの経験者であり、僕のしょぼい経験から見ても、中東の審判は、ありゃ何だと言いたくなる程のアクロバティックな判定である。最近は、球を撞いていてギリギリで外れた時は「中東なら1つ!」と叫んで、1人でげらげら笑っている。どうせなら、他のスポーツ分野でも、たっぷり皮肉をこめてやって欲しいものだ。野球の解説で、敬遠のボールに対して「いやあ、今のは中東の審判ならストライクでしょうね」とか、ぜひやっていただきたいところである。
年が明けて10日経った辺りから、編集部の「原稿、どんな具合ですか?」の連絡が来る。ちなみに僕はこれを「取り立て」と呼んでいる。今回は、アラカルトとキャロマー・オブ・ザ・イヤ−と、キャロム特集の3本。この3本目のキャロム特集がきつかった。これが無ければ、長野の片岡紳プロの『RAIL BIRD』に遊びに行けたのだが、やはり断念。長野の皆さん、ごめんなさい。早目に着手してなかった僕が馬鹿なんです。今度、ふらりと遊びに行きますので、その時は3Cの相手して下さい。
原稿の締切りが近く、「取り立て」がきびしい時ほど、現実逃避をしたくなるのが遠藤(弟)の習性。こんな時に限って、本棚から『スティング』のDVDを引っぱり出して、フルに鑑賞。やはりポール・ニューマンは名優だと感心しきり。で、この映画のワンシーン。ニューマン演じる詐欺師ゴンド−フが、カモをひっかけるための舞台として選んだ空きテナントが、何とつぶれたビリヤード場である。今まで気付かなかった。しかも、ちらっと映る看板は、キューをクロスさせてキャロムのボールを配した、※のマークときた。この瞬間、CUESのライターである米国人、トーマス・マーティンの言葉が脳裏に閃いた。かつてキャロム大国だったアメリカのキャロムが、なぜ衰退していったかという点について、トーマスは「あの世界恐慌が大きな原因」としている。いわゆる大恐慌は1929年。映画の設定は1936年で、これはトーマスの説を裏付け
ている。なるほど、と深く納得した瞬間であった。
どうにかこうにか原稿を「完済」すると、気が付けば1月も終盤。短距離戦も出られずじまい。というわけで、明日は遠藤(弟)の指定席(取材席)である。2008年最初の『ビリヤード小林』へレッツゴー!